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スタッフインタビュー

「治らなくても仕方ない」から「治せるかもしれない」へ。リハビリテーション医学の可能性を多くの方に知ってほしい

「治らなくても仕方ない」から「治せるかもしれない」へ。リハビリテーション医学の可能性を多くの方に知ってほしい

リハビリテーション科

診療部長 佐々木 信幸

リハビリテーションといえば運動、と思われがちですが、我々の取り扱うリハビリテーション「医学」では運動以外のさまざまな方法も組み合わせた総合的な治療を行います。当科では特に、脳由来の運動障害や高次脳機能障害に対して反復性経頭蓋磁気刺激(rTMS)と呼ばれる新たな治療的技術を導入し、コロナ後遺症への適用など、世界に先駆ける取り組みを続けてきました。「従来はあきらめられてきた脳卒中の後遺症なども、治せるかもしれない時代になってきたことを知ってほしい」と話す診療部長の佐々木信幸先生に、リハビリテーション科で提供する治療や効果についてお聞きしました。

脳機能への興味からリハビリテーションの道へ

私が医師になろうと思ったのは、仲の良い後輩など身近な人が若くして亡くなった、テレビで脳機能についての特集番組を観たことなどがきっかけでした。なぜ神経内科や脳外科、精神科ではなくリハビリテーション科に進んだかというと、特に脳が持つ機能そのものに興味を抱いたからです。脳のどこが障害されるとどのような症状が出て、どうすればそれが良くなるのかを考えるところがリハビリテーション医学の面白さだと感じました。

脳への興味をさらに押し進めたのが「レナードの朝」という映画です。この映画で扱われたのは神経内科疾患ですが、それに立ち向かう姿勢に私はリハビリテーション治療の醍醐味を感じました。当初は脳リハビリテーション治療に携わっていましたが、3次救急の医療機関(東京都立墨東病院)で長く働く中で急性期リハビリテーション医学にも深く関わるようになり、現在は主に脳および急性期のリハビリテーション治療を専門としています。

佐々木医師

脳への磁気刺激により
症状が劇的に改善することも珍しくない

リハビリテーションといえば歩くような訓練を想像する人が多いのではないでしょうか。しかし、それはリハビリテーション治療における一手段にすぎません。脳卒中の後遺症で麻痺が残ると、肘は勝手に曲がり、足は突っ張ってしまい外にぶん回すように歩く人が多いのですが、それは力が足りないわけではなく、脳障害により勝手な力が入るために起こります。つまりあくまでも原因は脳であって筋力ではないのですから、いわゆる筋力強化をしてよくなるようなものではありません。当科ではこのような状態を治療する手段の1つとして、反復性経頭蓋磁気刺激(rTMS)を導入しています。

rTMSは頭表にコイルを当てて特殊な磁場を照射し、脳内の局所に電気の渦を発生させる治療的技術です。患者さんは1回10〜30分程度座るだけで強い痛みを感じることもなく、脳神経の働きを変えることができます。様々な脳由来症状に効果があり、1回だけでも効果を実感される方も珍しくありません。先日受診されたパーキンソン病の患者さんは支えられなければ立つことも困難な状態でしたが、初回のrTMS直後より一人で歩けるようになり、ご本人もご家族も非常に驚いていました。ただ、どこをどのように刺激すべきかなどわかっていないことも多く、どこの医療機関でも簡単にできるようなものではありません。そのため日本全国はもとより、海外から来院される患者さんもいます。

運動障害があると動かしにくい、だから動こうとしない。そういった悪循環にはまる人はかなりいます。麻痺などが完全になくなるわけではありませんが、少し動かしやすくなっただけでも、患者さん自ら動こうとするようになる。rTMSにはそのような好循環への転換へのきっかけのとしての要素も期待できます。

rTMSはコロナ後遺症など、意外な疾患に効く可能性を秘めている

従来、当科外来は脳卒中や脳外傷による麻痺、言語や記憶力などの高次脳機能障害に関連する診療がメインでしたが、コロナ禍を境に状況が大きく変わりました。コロナ後遺症では脳の中に霧がかかったようにぼんやりする(ブレインフォグ)、文字や会話が理解できない、記憶力が落ちたなど様々な認知機能障害が出現します。これも脳由来の症状であるならばrTMSが効くのではないか? 私たちはそう考えて2021年よりコロナ後遺症に対するrTMSを開始いたしました。文字を読めなくなった患者さんがrTMSを終えた瞬間に「すごく明るく見えるし文字がわかります」とおっしゃるなど、多くの方にrTMSの効果を実感していただいています。これまで当科でrTMSを受けた患者さん全体の結果としても、統計的に明らかな効果が得られています。
感染者数の激増により、当科外来も2022年11月現在、8割以上をコロナ後遺症の患者さんが占めるようになりました。コロナ後遺症は急性期に軽症であっても起こります。ウイルス株変異で重症化リスクが低くなっても当科を受診する患者は今後もしばらく増え続けると考えます。

痙縮へのボツリヌス療法にも積極的に対応

脳卒中後の麻痺では前述のように勝手な力が入ってしまうのが特徴です。これを痙縮と呼びます。筋肉にはもともと力を入れようとする性質があるのですが、健康であれば脳が「そこまで頑張るな」という指令を出しているから普通に動くことができます。しかし脳が障害されると頑張るなという指令が出なくなるため、筋肉には余計な力が入ってしまいます。この勝手な力を入れてしまう神経指令をボツリヌストキシンという薬を筋肉に注射することでカットし、程よい脱力を目指すのがボツリヌス療法です。なお、カットされた神経は数ヶ月でまた元に戻ります。しかし重要なのは、その効果が持続している数ヶ月間は充分なストレッチ効果が得られやすいため、注射とストレッチを繰り返すことで本来の筋肉の状態に近づけることができ、自由に動かしやすい手足を目指せるのです。

ボツリヌス療法は講習を受けた医師なら実施可能な保険診療です。しかし、ただ固くなった筋肉に打つというものではなく、目的とする身体機能のためにどの筋肉にどのくらい打つべきかといった、まさにリハビリテーション医学が扱う「人の活動」に焦点をあてた専門的な治療計画が必要になります。当科では充分な臨床経験をもとに、ボツリヌス療法のみならず、rTMSや装具療法なども組み合わせたトータルコーディネートとしての治療を推進しております。

佐々木医師

すべての症状には理由があり、
すべての対応には根拠がいる

急性期リハビリテーション治療は状態が落ち着く前の超急性期から始めます。患者さん本人に意識がなく動けない状態でも行います。例えば今回のコロナ禍でも話題になった重症肺炎に対する腹臥位療法は、患者さんの体をひっくり返して長時間腹ばいにするという運動とはかけ離れた手技ですが、極めて有効なリハビリテーション治療の一つです。そのほかにも、意識がない状態でも体を起こして循環やホルモンの状態を変化させたり、筋肉に電極を貼って電気を流すことで筋減少を抑えたり、さまざまな方法があります。

注意が必要なのは、「急性期からのリハビリテーション治療が大事」という考え方が1人歩きすると、無理にでも起こしたり運動させたりすること自体が目的になりかねないことです。急性期に起こすべきでない人、動かすべきでない人も当然いて、治療を行うからには理由と根拠が必要です。極論ですが、あえて安静臥床を強いることすら理由と根拠があるならばリハビリテーション治療と言えます。しかし、全国の医学部医学科でもリハビリテーション医学講座自体がまだまだ少ないため、こういった専門的な教育を受けた医師は多くありません。すべての症状には理由があり、すべての対応には根拠がいる。――私はそう考えてあくまでも科学としてのリハビリテーション治療を心がけています。

意欲を持ってリハビリテーションに臨めるよう、ポジティブな言葉をかける

患者さんに希望を抱かせ過ぎないように病状説明の際に消極的になる医師も少なくないと思いますが、私はなるべく楽天的に「心配ありませんよ」と言わんばかりの雰囲気で接するよう心がけております。リハビリテーション治療には患者さんの参加が不可欠です。ネガティブになると本来期待されるような治療効果も得られなくなるかもしれないためです。こういった心の変化は脳を刺激する伝達物質の量や効果にも大きく影響します。気持ちの問題は科学的に治療効果に直結するのです。

例えば脳卒中で片側の手足に重度の麻痺があっても、装具をつければ歩けると判断されるならば、私はまず「大丈夫、歩けますよ」と言います。より詳しい説明を求められたならば、「装具をつけないと歩けないかもしれない」ではなく、「少なくとも装具をつければ歩ける」と言います。内容としては同様でも、言い方によって与える印象はかなり変わります。なかなか治療の成果が得られなくても、小さな変化を見つけ「これができれば大したものです、ここからです」というように、とにかく前向きに、意欲が下がらないようなサポートを心がけています。

後遺症を「仕方ない」とあきらめないでほしい

例えば脳卒中で麻痺が残った方の多くが「麻痺の手足が動かなくても仕方ない」と考えがちですが、実はもっと動ける場合があります。本当は指を伸ばす能力があるのに、指を曲げる筋肉が突っ張りすぎているため伸ばせないパターンなどはその典型であり、この場合、ボツリヌス療法で曲げる筋肉の力を抑えればもっと自由に動かせるようになります。
装具も同様です。装具は後遺症を代償するために仕方なく使うものと誤解している患者さんが非常に多いのですが、そもそも急性期〜回復期に作る装具の多くは治療目的です。つまり後遺症を治すために作ったはずなのです。当然、患者さんの症状変化に合わせて装具の設定も適切に変更してこそ、その治療効果は得られます。しかし、何年も前に作った全く合っていない装具をつけたまま「自分の足はこういうものだ」とあきらめてしまっている患者さんも少なくありません。もし患者さんが本来の装具の目的を知っていれば、目指す目標も変わってきます。例えばはじめは金属性の硬い装具を使って、膝回りの使い方を学習できたら、次は柔らかいプラスティックの装具にしようなど、次の目標に向けたリハビリテーション治療への意欲も上がります。

リハビリテーション医学の進歩により、以前にはあきらめられていたことも治せるかもしれない時代になりつつあります。いわゆる体を動かすリハビリテーション治療のみならず、投薬や装具療法、rTMSなどさまざまな技術を用いて、総合的な治療を進めます。リハビリテーション医学はこのような新しい医学の世界だということを、もっと多くの方に知ってほしいですね。