キービジュアル

スタッフインタビュー

“目に見えないもの”を患者さんとともに探り、回復に向けて伴走する

“目に見えないもの”を患者さんとともに探り、回復に向けて伴走する

神経精神科

安藤久美子

神経精神科には、こころという目に見えないものを見極めて診断や治療につなげるという他の診療科とは異なる特性があります。安藤久美子先生によると、医療者との“こころの対話”が薬物療法以上に効果をもたらすことも少なくないといいます。日頃どのような思いで患者さんに関わり、治療や社会復帰に向けて支援しているのか、安藤先生に伺いました。

特定機能病院として
あらゆる神経精神疾患に対応

神経精神科では、幼児から高齢者まで幅広い年齢層の患者さんを受け入れています。総合病院としてあらゆる診療科が揃っているだけでなく、大学病院の使命として高度な先進医療も提供することができますので、さまざまな身体合併症をお持ちの患者さんにも安心して受診していただけるのではないかと思います。

2023年1月、新病院開院により当科の病床は31床となりました。病床数自体は以前より減少しましたが、個室を大幅に増やしたことにより、静かでプライバシーが守られる環境を確保することができたことで、日々のストレスから離れ、心身の休養を目的とした入院も受け入れやすくなりました。プライバシーを守りながらベッドサイドで対話ができるようになったことは、患者さんに大きな安心を提供できるだけでなく、医療者との信頼関係の構築にもよい影響をもたらすのではないかと思います。
また、患者さんの安全を守るための保護室も3床備え、従来よりも広い空間を確保しつつ、安全性にも配慮した設計となっております。

当院は高度な医療を提供する特定機能病院であるため、地域医療機関から重症の患者さんも受け入れており、電気けいれん療法(ECT ※1)などの専門的な治療を受ける目的で受診される方もいます。さらに新病院となりましたことを機に反復経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)の導入も開始します。rTMSはさまざまな精神症状に対して効果があるとされておりますが、当科では中等度以上のうつ病の方を対象として保険診療内で治療を行うことが可能です。特定機能病院として、こうした先進的治療を提供する環境が整い、治療戦略の選択肢が広がってきたことは当科の大きな強みとなります。

また、私の専門分野の1つである司法精神医学領域においては、精神障害によって罪を犯してしまった方の治療と社会復帰を支援するための医療観察法という法律があり、全国の指定医療機関で治療が行われています。今後は、そうした法律に基づく精神鑑定のための入院や、通院医療の受け入れなども視野に入れていく予定です。

※1 電気けいれん療法(Electro Convulsive Therapy)は電気刺激で脳にけいれん状態を誘発し、神経伝達物質を調整する治療。薬物療法の効果がでにくいが効かない、副作用のために薬を増やすことが難しいせない、症状が重い、急激な症状の増悪があるなどの場合に有効で即効性があるとされているもある。

高度医療を提供する
4分野の専門センターを設置

当科には統合失調症治療センター、認知症治療研究センターと精神療法・ストレスケアセンターの3つのセンターがあり、各分野の専門家が診療や研究に当たっています。また、現在、児童・思春期のお子様への治療を専門としている医療部門チームは小児科とも連携した、こどもセンターとなって生まれ変わります。

統合失調症治療センター

統合失調症治療センターでは、統合失調症の患者さんへの薬物療法や機能回復・社会復帰をゴールとした支援を行っています。
これから発症する可能性の高い方やすでに微弱な症状が出現しはじめている方などを対象に、早期介入を目指した専門外来を設置しています。この外来は“患者さんやご家族との出会いを大切にする”という思いを込めて、MEET(Marianna Early detection and Early Treatment)外来と名づけています。そのほかにも、適切な患者さんに持効性抗精神病薬注射製剤(LAI)の導入を推進するためのMILAI(Marianna Introduction of LAI)外来を設置したり、幻聴や妄想などの精神病症状をターゲットとして、認知行動療法的アプローチで症状への対処法を学ぶCBTpプログラムや、AYA(Adolescent and Young Adult)世代といわれる児童期から青年期の患者さんを対象として、多角的なアセスメントを行い、診断や治療方針のガイドを示すためのMAP(Marianna Adolescent Program)というアセスメントパッケージも提供しています。

認知症(老年精神疾患)
治療研究センター

認知症(老年精神疾患)治療研究センターでは認知症および老年期精神疾患をもつ当事者・ご家族を対象に、検査、診断、初期治療や支援に取り組んでいます。チームは多職種(医師、臨床心理士、認定看護師、精神保健福祉士、音楽療法士)で構成され、2012年以降は川崎市北部「地域型認知症疾患医療センター(国庫補助事業)」として市の委託業務も継続的に担っています。院内での具体的活動内容としては、以下などがあります。

  • 高齢者専門外来
  • 運転免許関連相談受診
  • 認知症看護相談
  • 介護者向け講座「認知症はじめて講座」
  • 家族会「水曜会」
  • 医療相談電話
  • 院内ケア支援「認知症ケアチーム」
  • 当事者・家族参加のコーラス活動「フロイデンコーア」

院内での活動のほか、啓発活動として地域の皆さんに向けた市民公開講座を定期的に開催しています。また近隣の医療機関・介護施設関係者の方々とも研修会等の開催を通じて積極的に情報交流を図っています。

精神療法・ストレスケアセンター

精神療法・ストレスケアセンターは、精神療法を通して医療の質を向上させるべく、治療・研究・教育をシステマティックに行うセンターとして、日本で初めて昭和59年8月に開設されました。近年では、医学・医療の進歩やその広がりによって、疾患の制御だけでなく、こころの健康や精神的なウェルビーイングなど生活の質も重視されるようになってきましたので、これからますます活動の幅が広がっていくことが期待されています。
さらに、精神療法・ストレスケアセンターは、神経精神科や精神科関連の疾患治療センター、小児科、NICUをはじめとする様々な診療部門とも連携して、子どもから高齢者まで幅広い年代の患者さんのこころや脳の課題について、医師、公認心理師、精神保健福祉士などから成る多職種で対応しています。患者さんが“いきいきと暮らす”ことを目指し、心理アセスメントや心理的支援、認知行動療法や力動的心理療法を含む精神療法等を通して身体面のみならず心理面や社会/環境面も含めた総合的な医療の実践を行っています。

こころの対話を通して

子どもたちの成長を見守っていく

当科では2017年秋より児童・思春期専門外来を開設しており、「こどものこころ専門医」の資格を持つ医師チームが専門的な治療を提供しています。開設以降、毎年約150人以上の新規患者さんが受診され、この5年間ですでに800人以上のお子様を受け入れることができました。このように地域からのニーズが非常に高まっていることも踏まえ、新病院では4床の児童思春期ユニットを設けています。

子どもはこころとからだの問題を切り分けにくいことが特徴です。ですから、症状の原因も、その発生の理由もはっきりしないまま身体的な不調としてヘルプサインが現れたり、あるいは、学校に行けなかったり、粗暴な行為があったりといった行動面にヘルプサインが現れてくることもあります。その結果、学校生活や社会生活に支障をきたして当院に紹介されてくるケースがほとんどです。そこで私たちはご本人やご家族のお話を丁寧に聞き取り、まずは症状の原因がどこに起因するものなのかを探っていきます。
また、発達に関する心配などを理由に紹介されてくるケースも非常に多くなっています。児童・思春期専門外来チームではトレーニングを受けた公認心理師士がご家族から詳細な生育歴に関する情報を確認した後、医師、公認心理師、精神保健福祉士らにより多角的にアセスメントを行い、ご家族やご本人の同意のもと、適切な介入方法を選択していきます。

私たち精神医学領域の治療は、薬物療法だけでなく、精神療法や心理療法が主軸となることもあります。精神療法や心理療法とは、基本として対話を中心に行う治療方法ですが、ときに「薬」以上の効果をもたらすことがあります。たとえば、とても印象的でしたのは、転換症のため歩くことができなくなり学校にも行けなくなってしまったお子様との出会いです。ご家族にもご協力いただいて二人三脚で約半年間の精神療法を重ね、車椅子で登校ができるようになり、ついには自分で歩いて学校に通えるようになりました。ほかにもチック症が短期間に軽快したケースや、辛いこころの傷に向かい合うことができるようになったケースもありました。自身の弱さを受け入れられるようサポートしながら、「今のあなたのままでいい」という保証を与えることによってで自分の力を発揮できるようになるお子様もいます。これからも子どもたちの気持ちに寄り添いながら、こころの対話を通して成長を見守っていきたいと思います。

安藤先生

アートを通して生きがいに
つながる能力を引き出す

一方で、こころのなかを言葉で表現するということは決して簡単なことではありません。気持ちを言語化すること自体が苦手な方もおられるでしょうし、子どもの場合には言語能力自体が未成熟であることもあります。そもそも、「真」の想いというのは言葉では表現できないものなのかもしれません。
そこで私たちはさまざまな方法で「真」の想いを表現することがあります。そのひとつがアートです。自閉症の方の想像力あふれる田園風景の色鉛筆画、ピカソ画をモチーフとした精密な切り絵、統合失調症の方の色彩豊かな自画像や一瞬の表情を見事に捉えた写真など、非常に優れた芸術的センスを持つ方がたくさんおられます。こうした作品のほとんどが日常診療のなかで生活の様子や趣味を聞き出し、制作を促し、そしてモチベーションを高めるよう励まして出来上がっていった作品です。制作の過程では徐々に表情が明るくなり、社会性も向上していきました。いわゆる“引きこもり”だった青年から「一人で外出できた」と報告を受けた時には一緒に大喜びしました。今でも当時の青年のはにかんだ笑顔が忘れられません。

また、ある認知症の患者さんは、記憶の障害から退職を余儀なくされましたが「仕事は辞めたが、生きがいができた」と熱心にアート制作を続けています。こうして素晴らしい作品に触れていくうちに「もっと多くの人たちに素晴らしい作品を見ていただきたい」という想いが募り2022年には2回にわたって患者さんの作品を披露するアート展覧会を開催しました。インターネット上でもかなりの反響があり「勇気づけられました」というお手紙もいただきました。残念ながら、現在でも精神障害に対する偏見は小さくありません。そこで、こうした活動が精神障害への偏見除去の一助になるものと信じ、川崎市のSDGsゴールドパートナーの認定機関としても、これからも広く一般に向けて発信し続けていきたいと思います。

安藤先生

地域の医療者と密に連携し、
患者さんの社会適応を支援する

もうひとつ大切にしていることは地域医療機関との連携です。患者さんそれぞれの社会適応や社会復帰のかたちを見極め、円滑に進めるためには、地域の医療機関と機能を分担し連携していくことが重要となります。
たとえば、緊急で入院治療が必要となるケースについては当院で受け入れ、逆に、退院後にデイケアなどのサービスが必要なケースは地域の医療機関にお願いするなど、医療者がいつでもお互いに協力し合えるような連携体制を作っておくことが大切であると思っています。
そして、その一環として始めたのが「地域連携カンファレンス」です。当科と協働で支援しているケースについてよりよい医療を目指した治療方針を共有したり、新しい提案について話し合ったりする会となっています。地域の医療者同士が顔の見える関係を築いておくことで連携が強化され、地域医療への貢献にもつながることが期待されます。

安藤先生

目指すのは、患者さんにこころを寄せて深く理解する
“全人的な医療”

近年の精神医学は、国際的な診断基準に当てはめて診断名を決めたり検査数値や画像所見の結果で判断したりしがちです。しかし、私たちが目指しているのはそうではなく、伝統的な精神医学に則り、患者さんにこころを寄せて全人的に理解する診療です。「この病気にはこの薬を出します」といった表面的な診療ではなく、客観的かつ多角的な視点を持ちつつも、こころの対話から患者さんを深く理解していく、そのような姿勢を大切にしています。
コロナ禍で、子どもの摂食障害や若年者の自殺の増加など、さまざまなこころの問題が増えているようにみえます。こころの悩みをひとりで抱えるのではなく、気になることがありましたら、ぜひ一度ご相談ください。皆さまひとりひとりに寄り添い、一緒に歩んでいきたいと思います。

安藤先生