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掲載日:2024年10月23日

中性子で月の水資源を探す
-エネルギーの異なる中性子を組み合わせ、水の存在量と深さを測定できる-

概要

量子科学技術研究開発機構 草野広樹 研究員 (研究当時、現:理化学研究所)、立命館大学 長岡央 准教授、聖マリアンナ医科大学 晴山慎 助教、京都大学 榎戸輝揚 准教授(兼:理化学研究所 開拓研究本部 理研白眉研究チームリーダー)らのチームは、月表面から漏れ出してくるエネルギーの異なる中性子(※1)の測定を組み合わせることで、月の表層下に存在すると期待されている水資源の量と深さを同時に推定できることをモンテカルロシミュレーションによる数値計算を使って示しました。将来の月面探査への応用が期待できます。
月の水探しは、宇宙の資源利用や惑星科学における重要性から、近年ますます注目を集めるようになっています。本研究チームでは、銀河宇宙線(※2)が月面に衝突する際に発生する中性子を月面ローバーなどに搭載した装置で測定することで、月面下の水資源を非接触に探査する手法の構築に取り組んでいます。本研究では、月の表面から漏れ出してくる中性子をエネルギー帯に分けて測定することで、月面下の水の存在量と深さを同時に測定できることをモンテカルロ・シミュレーションで詳細に調べました。今回の成果は、今後の月面探計画(※3)に活用することが期待できます。
本研究成果は、2024年9月6日に国際学術誌「Planetary and Space Science」に掲載されました。


図: 銀河宇宙線が月面下で発生させる中性子がエネルギーを失いながら表面から漏出する様子の模式図。

1.背景

月の水資源の発見は、有人による月面進出に向けて再び動き出した国際宇宙探査において、重要なマイルストーンになっています。月の北極や南極などの極域にあるクレーターの内側などには永久影と呼ばれる常に太陽の光が当たらない領域があります。このような場所では低温が保たれ、表層下に水が氷として保持されているのではないかと期待されています。月まで物資を輸送するには多大なコストがかかりますが、月の表層に水資源が見つかれば、その場で採掘して利用する地産地消を行うことができ、飲料や洗浄に使用するだけでなく、水素と酸素に分解して燃料や呼吸用の酸素として使うなど、人類の宇宙進出に大きく貢献します。また、月の水の起源はまだ謎のままですが、月の水の起源はすぐ隣にある地球の水の起源にも密接に関係するため、月の水の起源の解明は地球での生命環境の形成を知る上でも重要な手がかりとなると言えます。
月の水の資源利用や起源解明のためには水の採取が必要ですが、月の水の資源利用や起源解明のためには、月面ローバーなどを用いて掘削し、水を採取しなければなりません。効率よく掘削採取するためには、あらかじめローバーや月周回機を用いて遠隔かつ非接触で地下探索し、掘削候補地を選び出しておくことが求められます。このようなことから、非接触での地下の水探査の重要性が指摘されています。
そこで、私たちが着目しているのが中性子です。銀河宇宙線が月面に衝突すると、地下の数十センチメートルで土壌中の原子核を破砕し、電荷を持たない中性子を発生させます。飛び出した中性子は100 万電子ボルトほどのエネルギーをもつ高速中性子と呼ばれますが、地中から月面まで漏出してくる間に地中の物質に衝突(散乱)して、エネルギーを失った中性子となることがあります。特に、水の中の水素の原子核(陽子)は中性子と同程度の質量を持っているため、水が存在すると中性子はより効率的にエネルギーを失って表面から出てきます。このようなエネルギーの低い中性子は熱中性子や熱外中性子と呼ばれますが、月面から漏出するこれらの中性子量は含水量(水素量)に依存して変化するため、水資源の探索に利用できるのではないかと期待されています。

2.研究手法・成果

将来に予定されている月探査機の計画では、水の発見に焦点を当てた探査の体制が組み上げられていますが、中性子をローバーで測定した際に、地下の水資源の存在する深度方向の広がりや濃集度の違いに応じて、漏れ出してくる中性子の量やエネルギーがどのように変化するかは、まだ十分な検討が行われていません。そこで本研究では、銀河宇宙線が月面に衝突した後に起こる物理素過程を詳細にモンテカルロ・シミュレーションする枠組みを粒子飛跡シミュレーターGeant4 を用いて構築し、月環境における月土壌の含水率、含水層の厚さやその深さ、土壌の温度など、月の水の存在形態をさまざまに変えて、月面から漏れ出す中性子の強度について数値計算を繰り返しました。その結果、熱中性子、熱外中性子、高速中性子の3つの測定を組み合わせることで、地下に隠された水の存在量や深さを推定できることを示しました。図は本研究の計算結果の一例です。左図は深さの異なる含水土壌(厚さ5 ㎝、水素500 ppm ≒ 含水率0.45 重量%)に対する月面漏出中性子のエネルギースペクトルです。含水層の深さによってスペクトルの形状が変化し、特に熱中性子と熱外中性子で大きく変化することが分かります。右図は、5 cm、10 cm、20 cm の含水層が存在するとき、それぞれの含水層深さに対する熱外中性子と熱中性子の相対強度の相関図です。含水層深さは0 cm から1.2 m まで変化させていますが、同じ含水率の場合、均一に水が存在するときの相対強度を中心として、含水層深さが浅い方から深い方に変化すると反時計回りに相対強度の変化する様子がみられます。これらの検討により、月面中性子を広いエネルギー範囲で測定することで、土壌中の含水量の定量精度が向上するだけでなく、含水層の厚さと存在する深さの推定が可能であることを明らかになりました。

図: 銀河宇宙線が月面下で発生させる中性子がエネルギーを失いながら表面から漏出する様子の模式図。

左図:深さの異なる含水土壌(厚さ5cm、水素500 ppm ≒ 含水率0.45 重量%)に対する月面から漏出する中性子のエネルギースペクトル。横軸は中性子のエネルギー、縦軸は中性子の強度である。ただし、図の縦軸は、変化を見やすくするため、計算された強度に中性子のエネルギーをかけていることに注意。熱中性子(Thermal neutron)、熱外中性子(Epithermal neutron)、高速中性子(Fast neutron)の領域を図中にしめした。
右図:20 cm 以下の薄い含水層を仮定したときの、さまざま含水層深さに対する熱外中性子と熱中性子の相対強度の相関図。水素が土壌中にない場合の中性子強度を1とする相対強度であることに注意。図中の点線で結ばれた星印は、水素が土壌中に均等に分布している場合の変化である。

3.波及効果、今後の予定

月の水資源を探査する方法の上で、月面ローバーに搭載した装置による中性子を用いた測定法は、宇宙探査のキー技術のひとつになると期待されています。本研究では熱中性子、熱外中性子、高速中性子を弁別して測定することで、月面下の水の存在状況を遠隔で推測できることを示しており、今後の月面探査の計画への応用が期待できます。
日本国内でも熱中性子、熱外中性子、高速中性子を、月面の探査ではバックグラウンド信号であるガンマ線と区別して測定することができる新しい放射線モニタ Moon Moisture Targeting Observatory (MoMoTarO)の開発が京都大学、理化学研究所、立命館大学などを中心に進んでいます。特に、月面の土壌組成に調整した模擬土壌(シミュラント)によって月面に近い環境を作成し、開発中のMoMoTarO で実証試験も立命館大学で実施しています。日本独自の中性子観測プロジェクトを今後、月面に展開していきたいと考えています。

4.研究プロジェクトについて

本研究は、草野広樹 (当時:量子科学技術研究開発機構 研究員、現:理化学研究所 研究員)、長岡央(立命館大学 宇宙地球探査研究センター 准教授)、榎戸 輝揚(京都大学 准教授、理化学研究所 開拓研究本部 理研白眉研究チームリーダー 兼務)、晴山慎(聖マリアンナ医科大学 助教)、山下直之(Planetary Science Institute,上級研究員)らを中心に、JAXA 宇宙探査イノベーションハブ(TansaX)から支援を受けた「小型・可搬型の地下水分センサ/地産地消型探査技術:月面探査と土木建築でのデュアルユースを視野に入れた次世代型の中性子水モニタの開発」の共同研究コラボレーションの一部として実施されました。また、本成果に至る一連の研究で、JAXA 国際宇宙探査センター(JAXA Space Exploration Center, JSEC)、JSPS 科学研究費補助金JP22K12675、JP23K17308、およびJST 創発的研究 JPMJFR202O (sohatsu)によっても支援されています。

<用語解説>

※1 中性子:陽子とともに原子核を構成する基本的な粒子で、電荷を持たない。自由空間に存在する中性子は約15 分で陽子に崩壊する。本研究での中性子は、中性子のエネルギーの低い順に、熱中性子( 0.5 電子ボルト以下)、熱外中性子(50 万電子ボルト以下)、高速中性子(50 万電子ボルト以上)と区分される。電荷を持たないため、測定方法に工夫がいる。
※2 銀河宇宙線:宇宙の彼方にあるブラックホールや中性子星、超新星残骸などの高エネルギー天体で発生し、銀河の中を漂って地球や月に降り注いでる高エネルギーの粒子のこと。地球の場合、宇宙線は厚い大気や地球磁場にさえぎられて地上にまで直接到達することはないが、月の場合、地球のような大気や磁場がないため、宇宙線は直接に月面に叩き込まれて、月土壌物質と原子核と反応を起こす。
※3 月面探査の計画: 月周回機による遠隔での水資源探査や、月面ローバーに搭載した中性子計測など、複数のミッションが計画されている。後者の例として日本が主導している月極域探査(LUPEX)などが挙げられる。また、日本国内での月中性子測定の計画としてMoMoTarO も進んでいる。

<研究者のコメント>

⚫ 本研究では、様々な条件で多数の数値シミュレーションを繰り返すことで、中性子計測によって月の土壌に含まれる水の量と存在形態の情報を引き出せることを明らかにしました。月面の水資源探査において、資源としての利用可能性の評価につながると考えられます。近い将来、本研究の成果を実際の月探査で検証できることを期待します。 (草野広樹)

⚫ 月面での水資源探査は世界的に見ても惑星科学分野で最もホットなトピックの一つです。これまでの月探査とは違い新たに民間企業も月探査に続々と参入している今、本研究で示された成果は非接触で地下の水資源の形態を探索できる手法として非常に魅力的なものとなるはずです。今回の成果がローバーによる中性子水資源探査の基盤的な計測手法になることを期待します。 (長岡央)

⚫ 本研究で提案した方法は、月に限らず、銀河宇宙線が地表面に直接到達するような天体に対して応用が可能です。私たちの研究成果が、将来に想定されるより長期間・より遠方での宇宙活動の礎の一つとなることを期待しています。 (晴山慎)

⚫ 本研究のような数値シミュレーションでの予想をもとに、実際に月面ローバーに搭載して月の水資源を探査するための放射線モニタ Moon Moisture Targeting Observatory (MoMoTarO) を開発中です。MoMoTarO では本プレスリリースのメンバーに加え、多くの研究員や大学院生が開発に携わっており、2026 年に国際宇宙ステーションでの宇宙実証試験を目指して開発を進めています。(榎戸輝揚)


<論文タイトルと著者>

タイトル:Sensitivity of leakage neutrons to the abundance and depth distribution of lunar subsurface water (月面下の水の存在量と深さ分布を漏出中性子で測定する感度について)
著者:Hiroki Kusano, Hiroshi Nagaoka, Teruaki Enoto, Naoyuki Yamashita, Yuzuru Karouji, Takeshi Hoshino, Munetaka Ueno, and Makoto Hareyama
掲載誌:Planetary and Space Science
DOI:10.1016/j.pss.2024.105968

<研究に関するお問い合わせ先>

草野 広樹(くさの ひろき)
理化学研究所 光量子工学研究センター 中性子ビーム技術開発チーム 研究員
TEL:050-3500-7330
E-mail:hiroki.kusano@riken.jp

長岡 央(ながおか ひろし)
立命館大学 宇宙地球探査研究センター(ESEC)准教授
TEL: 077-561-3090
E-mail: hnagaoka@fc.ritsumei.ac.jp

晴山 慎(はれやま まこと)
聖マリアンナ医科大学 生理学教室(物理分野)助教
TEL: 044-977-8111
E-mail: m-hareyama@marianna-u.ac.jp

榎戸 輝揚(えのと てるあき)
京都大学理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻 物理学第二分野 准教授
TEL:090-2071-0211
E-mail:enoto.teruaki.2w@kyoto-u.ac.jp Twitter : @teru_enoto


<報道に関するお問い合わせ先>

京都大学 渉外・産官学連携部広報課国際広報室

TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

JAXA 宇宙探査イノベーションハブ

E-mail:SE-Forum@jaxa.jp
立命館大学広報課
TEL:075-813-8300
Email: r-koho@st.ritsumei.ac.jp

聖マリアンナ医科大学 総務部総務課

Tel:044-977-8111
E-mail:soumu@marianna-u.ac.jp