私たちは乳がんを中心に、がん治療の基礎となるメカニズムについて研究をしています。おもなテーマはDNA損傷修復と細胞周期制御で、特にその中でのユビキチン修飾の役割に注目しながら、これらの径路をターゲットにした化学療法において、その薬剤感受性を左右する機序を解析しています。オープンな研究環境を目指しておりますので共同研究の可能性や研究資材など、興味のある方はぜひ御連絡ください。
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細胞内には500近いROC (Rbx)-Cullin複合体を含む、1000を超えるRING型ユビキチンリガーゼが存在すると考えられています。リン酸化酵素(キナーゼ)が500程度であることを考えるとユビキチン修復が細胞の中でいかに重要な役割を果たしているかが推測されます。近年、トラスツズマブをはじめ、がんに対する分子標的治療薬として臨床に登場してきている新薬の多くがキナーゼを標的にしていますが、現在、欧米を中心にたくさんの企業がユビキチン径路、とくにユビキチンリガーゼとプロテアソームを標的とした薬の開発に取り組んでおり、近い将来がん治療にも、この径路に関わる新薬が多数登場してくることが予想されます。プロテアソーム阻害剤のひとつであるボルテゾミブはすでに多発性骨髄腫の治療薬として臨床で高い効果を認めています。この様な観点から、ユビキチン径路の基礎研究はがん治療のニーズにあった重要な研究と位置づけられます。
乳がんのおよそ5-10%は家族性に発生する家族性乳癌で、このうち半数程度がBRCA1あるいはBRCA2の変異によって生じるものと考えられています。米国では一般女性の500-800人に1人がBRCA1変異のキャリアであり、変異キャリアの生涯におけるがん発症率(浸透率)は乳がんが65-85%、卵巣がんが16-60%と、とても高率です。男性でも前立腺癌や膵癌のリスクが上昇します。BRCA1は家族性乳がんだけではなく、散発性(家族性ではない)乳がんにおいても重要です。乳がんの10-15%をしめ、予後不良なbasal-like乳癌もプロモーターのメチレーションやタンパク質レベルでのBRCA1の不活性化が原因と考えられているからです。これらのがんではBRCA1機能異常によるDNA損傷修復不全が化学療法のターゲットとして注目されています。
BRCA1とBRCA2はDNA2本鎖切断(DNA double-strand break: DSB)における相同組換え修復に必須で、BRCA1/2異常によって生じたがんはDSBの修復異常を有することから、これを標的とした化学療法としてプラチナ製剤とPoly(ADP-ribose) polymerase (PARP)阻害剤が注目されています。いずれもBRCA1/2変異乳がん、あるいはトリプルネガティブ乳がんを対象とした臨床試験で良好な結果が得られ、期待が高まっています。PARP阻害剤の作用機序としてSynthetic lethalという効果が提唱されています(図)。また、BRCA1とBRCA2に変異のある乳癌、膵癌および卵巣癌において治療として用いたシスプラチンに起因する2度目の変異によってBRCA1あるいはBRCA2のback mutation (もとの野生型に戻ってしまう変異)やreading frameの回復がおこることが薬剤耐性獲得機構として報告され、 DNA修復能と薬剤感受性の密接な関係が明らかとなっています。この様な背景からBRCA1/2をはじめとしたDNAの相同組換え修復に関わる遺伝子機能の解析は化学療法の開発や感受性評価の上できわめて重要となっています。私たちはBRCA1がユビキチンリガーゼであることを世界に先駆けて報告し、この酵素活性の生物学意義を解析してきています。最近の研究から、この酵素活性はいくつかの種類のDNA損傷性抗癌剤に対する感受性の鍵を握ると考えています。
川崎市宮前区菅生2-16-1
聖マリアンナ医科大学
応用分子腫瘍学
富樫