研究実績

宇宙酔い

2004年、民間資金のみで開発した3人乗り宇宙飛行船で2週間以内に2回、高度100 kmの宇宙空間へ達したチームに賞金1000万ドルが与えられるコンテスト(Ansari X Prize)が、世界7カ国20以上のチームが参加して行われた。6月21日、アメリカのScaled Composites社によって開発された宇宙飛行船Spaceship Oneがこのコンテストで見事優勝したというニュースが報じられた。1960年代の米国と旧ソ連による有人宇宙飛行船の開発競争から約50年、我々一般人にとってはただの絵空事にすぎなかった宇宙旅行時代が、ついに夜明けを迎えようとしている。ところが実際に宇宙に行くとなると、地上とは全く異なる環境である微小重力環境への対応が必要となる。微小重力環境下で認められる生体現象として、宇宙酔い、体液および電解質の喪失、循環系の再適応、赤血球容積の低下などが知られている。これらの中で、吐気、嘔吐、強い平衡障害を主訴とする宇宙酔いは、微小重力環境に到達後約1時間以内と、もっとも早期に発症し、その後3~4日間持続することが知られている1)。また現在でも初回飛行の宇宙飛行士の73%が飛行初期の2日から3日の間宇宙酔いに悩まされていると報告されている1)。つまり我々一般大衆がこれから行こうとする宇宙旅行のように、微小重力環境への短期間の滞在の場合は、宇宙酔い対策が最も重要な課題となる。またこのcounter-reactionとして地球帰還時には、宇宙酔いと同様の症状を示す地球酔いが高率に生じることも知られている。地上と微小重力環境の最も大きな違いは、重力加速度の値が桁外れに異なっているということである。つまり、重力加速度の受容器である耳石器(卵形嚢、球形嚢)が、これらの発症に大きく関与している可能性が古くより指摘されている。

宇宙酔いの発症機序とその予防

現在でも初回飛行の宇宙飛行士の73%が、飛行初期の2日から3日の間、宇宙酔い(space motion sickness)に悩まされている。体全体で運動したり、頭を振ったり、急に振り返るような動作、とくに頭部を前後方向あるいは左右方向に動かすと“酔い”の症状が誘発される。また同僚の宇宙飛行士が、天地逆転の状態で浮遊している姿を見たとき、宇宙船の天窓から地球を見たとき、宇宙船内のあまり行ったことがない場所に移動したときにも“酔い”の症状が誘発されることが報告されている。無重力環境下でも、体動に伴って生じた回転加速度や直線加速度は三半規管や耳石器で感受される。しかし、頭部や体全体の傾斜は耳石器で感受することができなくなる。三半規管や耳石器で起こる情報の混乱が、宇宙酔いの発症の原因の一つと考えられるようになった。宇宙酔いの発症機序については、体液移動説2)、耳石機能非対称説3)、感覚混乱説4)5)、otolith tilt-translation reinterpretation(OTTR)説6)(耳石器における傾斜情報と移動情報の再解釈に伴う混乱)の4つの説が代表的である。

スペースシャトルでの宇宙実験に参加して

1998年4月に行われたNeuroLab計画では、スペースシャトル・コロンビア上でOTTR説の検証が行われた。私は、米国Mount Sinai大学のCohen教授の共同研究者としてこの計画に参加した7)。偏中心回転刺激(回転中心から少し離れた位置に被験者を座らせて回転刺激を加えることにより、頭部に遠心力による直線加速度を加える方法)を用いて、被験者の両耳方向および、体幹長軸方向に直線加速度を付加して、回転刺激中の傾斜感覚について検討を加えた。

地上で被験者両耳方向に直線加速度を加えると、遠心力と重力加速度とのベクトルは斜め方向になるため、体全体が回転中心から反対方向に傾いているような感覚を被験者は覚える。体幹長軸方向にこれを加えると、体全体が頭部を下にして斜めになっているような感覚(head down)を覚える。一方無重力環境下で同様の刺激を加えると、重力加速度はほぼ“0”のため回転刺激中は、遠心力により生じた直線加速度のみとなるため、傾斜感覚は生じず、両耳方向に直線加速度を加えると頭部左右方向、体幹長軸方向にこれを加えると、下肢から頭部方向に体全体が動きつづける感覚(移動感覚)が生じるはずである。ところが4人の被験者全員が、“移動感覚”ではなく、地上で行ったのと同様、“傾斜感覚”を自覚した。偏中心回転刺激を行うと、回転中は遠心力により臀部や背面等と椅子との接触面にずれの感覚が生じる。また被験者の肘や体の側面など回転中心と反対方向で椅子と接している部位では圧刺激が加わる。これらの刺激は体性感覚入力として、脳内で統合処理され、空間識が形成される可能性が示唆された。以上よりOTTR説は否定的となった。また、空間識形成における体性感覚入力の強い関与が示された。

参考文献

1. Jennings RT: Managing space motion sickness. J Vestib Res 8:67-70, 1998

2. Simanonok KE, Charles JB: Space sickness and fluid shifts: a hypothesis. J Clin Pharmacol 34: 652-663, 1994

3. Reason JT: Motion sickness adaptation : a neural mismatch model. J R Soc Med 71: 819-829, 1978

4. Oman CM : Motion sickness: a synthesis and evaluation of the sensory conflict theory. Can J Physiol Pharmaco1 68: 294-303, 1990

5. Von Baumgarten RJ, Wetzig J, Vogel H, Kass JR: Static and Dynamic mechanisms of space vestibular malaise. Physiologist 25: 533-536, 1982

6. Parker DE, Money KE: Otolith tilt-translation reinterpretation following prolonged weightlessness implications for preflight training. Aviat Space Environ Med 56: 601-606, 1985

7. 肥塚 泉、五十嵐 眞:無重力と前庭関係の研究-ニューロラブ計画を中心として-JOHNS 14: 817-821,1998

VHIT(video head impulse test)

三半規管を評価する方法として、温度刺激検査、回転検査が行われていました。現在までの所、これらの検査で半規管麻痺(半規管の機能が異常な状態)を評価していました。

1988年にオーストラリアのHalmagyi医師とCurthoys医師により、頭を振ることによる回転刺激検査が報告されました。これが、head impulse testです。外来診療中でも簡単に施行することができ、半規管の機能を評価することができます。患者さんが医師の鼻をみて、医師が患者さんの頭を振ることで、医師が患者さんの眼の動きをみることで、半規管の機能異常がないかを確認できます。

しかし、この検査にはいくつかの問題点がありました。医師の検査技術が熟練していないと評価が難しい点、検査結果が主観的な点、感度が低い点(半規管麻痺があっても正常と判断されることが多い)が問題となっておりました。

上記の欠点を克服したものが、video head impulse test(vHIT)となります。vHITは、ハイスピードカメラと加速度センターを装着したことで、より客観的に、定量的に評価が可能となりました。

また、従来検査することが不可能であった前半規管、後半規管を評価できるのではないかと期待されている検査方法です。当院では、温度刺激検査、

回転検査に加え、vHITを併せて行うことで、診断率の向上に寄与するかの検討を行っています。

偏垂直軸回転検査

(1)偏垂直軸回転検査(Off-vertivcal Axis Rotation)による耳石機能の評価

回転検査を行う場合は、椅子の回転軸を地面に対して垂直にして、被験者の外側半規管が地面と水平になるような位置(Earth Vertikal Axis:EVA)にして回転刺激を加える。外側半規管一眼反射により、水平性眼球運動が解発される。椅子の回転軸に傾斜を与えた状態で、同様に回転刺激を加える方法を非垂直軸回転あるいは偏垂直回転軸f回転(Off-vertivcal Axis Rotation:OVAR)と呼ぶ。

回転軸を斜めにして回転刺激を加えることにより、回転に応じて被験者頭部に加わる重力加速度の方向が連続的に変化し、耳石一眼反射による眼振が外側半規管一眼反射により解発される眼振に加わる。椅子の傾斜角度は一般的には30°ならびに20°が用いられている。

我々の教室では、前庭自律神経反射による不快な症状(嘔気、嘔吐)は生じることが少ない、振子用刺激OVARを行っている。EVAとOVARの眼振緩徐相速度を比較することにより耳石機能の評価を行っている。

めまい疾患に対するリハビリテーションとその効果判定法の考案

めまい患者さんの治療は、急性期と急性期以外では、その目的を異としている。急性期(発作期)は、前庭自律神経反射によって生じる不快な吐気や嘔吐等に対する薬物による対処療法が主体となる。

一方、急性期以降は、薬物投与などによる対症療法よりむしろ、前庭系が元来有する自己修復機能(前庭代償)の促進を目的とした運動療法(リハビリテーション)が治療の主体となる。しかし、リハビリーテーション治療の効果判定については、患者さんに対するアンケートなどによる主観的なものが主で、これを客観的に定量化することを目的に、めまいリハビリテーション評価装置を開発した。現在本装置を用いて基礎データを集積中である。

めまい乗り物酔いや宇宙酔いに関する基礎的な検討

1998年にはスペースシャトル・コロンビア号上で、めまいに関する実験を行った。(Neurolab)