臨床研究を始める前に、その研究デザインを十分に検討することが何よりも大切である。エビデンスレベルの上位にあるとされるランダム割付臨床試験(RCT)が常に一番よいとも限らない。リサーチ・クエスチョンや期待される結果に応じて、横断研究、前向きコホート研究、症例対照研究、RCT等を使いわけるべきである。
また、すべての人間を対象とする医学研究の倫理的原則「ヘルシンキ宣言」には、一般原則のひとつとして、「医学研究の主な目的は新しい知識を得ることであるが、この目標は個々の被験者の権利および利益に優先することがあってはならない。」と記されている。さらに現在、侵襲および介入を伴う臨床研究の法制化整備が進められている。こういった中で、「しっかりとした論理的思考をもって臨床研究を実施・判断する」科学者の目を養う一助となれば幸いである。
MID3 (Model-Informed Drug Discovery and Development)とは、ヨーロッパのEFPIA MID3 Working Group1)がModel BasedからModel Informedへと用語を変更することによって、正しくその概念を理解して普及させようという提案である。すなわち、従来のMBDD(Model-Based Drug Development)ではモデルに基づいた医薬品開発/研究という印象を受けるが、実際にはモデルによる情報を提供することで最善な意思決定に繋げていくことが目的である。加えて、適用範囲を開発領域(Drug Development)だけでなくDiscoveryにまで広げたことからMID3と名付けられた。MID3では其々の開発ステージに合わせて具体的に8つ適用範囲を取り上げており、その中から本シンポジウムでは② Candidate Comparison, Selection, Human PK and Dose Prediction:非臨床から臨床ステージに上げるための活用(川口)、ヒトにおける時間薬剤学的特徴を予測するために基礎研究で得られた情報からModel & Simulation(M&S)を活用する取り組み(牛島)、⑥ Dose and schedule selection and label recommendations(鈴木)、⑧Patients population selection and bridging between populations:アカデミアの立場から移植領域における探索的アプローチの自験例を踏まえた小児投与量決定におけるM&S活用の現状(牛島)を取り上げ、意思決定の現場での適用への課題も含めてシンポジスト3名で議論を進めることとしたい。
1) CPT Pharmacometrics Syst Pharmacol. 2016;5(3):93-122.
特別シンポジウム 13:30-15:50
「BedからBenchへ、そしてBenchからBedへ」
座長: 越前 宏俊(明治薬科大学 薬物治療学)
松本 直樹(聖マリアンナ医科大学 薬理学講座)
From bed to bench and back.
「トランスレーショナル」と一言で片付けられる「基礎と臨床の橋渡し」ですが、実際には、症例から病態の本質に迫る基礎研究の発展に至ることもあれば、基礎研究から努力を重ね、治療方法の開発を果たすこともあります。
今回は、双方向性である基礎と臨床の関係に着目し、それぞれの具体例、つまり、臨床家が基礎研究を実施する手法、臨床家が基礎研究から患者にその結果を還元する方法としての、治療法の開発の手法を学ぶことで、なお一層の臨床研究の発展の役に立つシンポジウムを開催できないか、と考えました。
また、臨床研究の推進には、それらを実施する医師の育成が必要であり、多くの専門の学会が参加する臨床研究推進のための医師の教育に関する活動をご紹介します。
1.GPCRと疾患―新しい調整機構への示唆
槙田 紀子(東京大学医学部 腎臓・内分泌内科)
G蛋白質シグナル伝達系は進化上非常によく保存されたシステムですが、一方でわれわれは進化の過程で約800種類のG蛋白質共役受容体(GPCR)をはじめとしたシグナルの多様性を獲得してきました。GPCRシグナル異常を原因とするさまざまな疾患が明らかとなるとともに、GPCRは数多くの創薬の対象にもなってきました。実際わたしたちが手にしている薬の約40%はGPCRをターゲットとしています。この多様なシグナルを手にしたわれわれの今後の課題は、シグナルの特異的制御、具体的には副作用の少ない創薬になります。その意味で多様なシグナルを特異的に制御するbiased agonismという概念が近年注目されています。
本日は、後天性低カルシウム尿性高カルシウム血症(AHH)と先天性腎性尿崩症、いずれも非常にまれな内分泌疾患ではありますが、疾患メカニズムを解析し治療戦略を考える過程でみえてきたGPCRの新しい調節機構についてご紹介したいと思います。
AHH患者でわれわれがみいだした自己抗体は、Ca感知受容体(CaSR)にアロステリックに作用し、Gqを活性化しGiを抑制するユニークな構造の活性型CaSRを安定化することがわかりました。このことは、biased agonismの概念をbedから実証するという点で大変重要です。将来その抗体が認識するエピトープや高次構造を明らかにできれば、シグナルを特異的に制御する創薬開発の一助になるものと確診しています。
また、先天性腎性尿崩症の原因となるV2受容体の変異体の解析から、あるリガンドが、作用する相手によってその性質を変化させるという事象をみいだしました。具体的には、野生型に対してはインバースアゴニストとして作用するリガンドが、変異体に対してはアゴニストとして作用するという事象です。このようなリガンド作用の変化はprotean agonismと呼ばれますが、相手によって下流のシグナルを変えるという意味でbiased agonismの特殊形ともいえます。現在、benchの結果に基づくテイラーメイド医療をめざし、臨床研究が走りだしたところです。
本日の話が、本シンポジウムのテーマである「臨床と基礎の橋渡し」になることを期待しています。
2.希少難病HAMの分子病態解明による治療薬開発の新展開
山野 嘉久(聖マリアンナ医科大学大学院 先端医療開発学、難病治療研究センター 病因・病態解析部門)
ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)の感染者は本邦に約108万人存在し、その約0.3%にHTLV-1関連脊髄症(HAM)を発症する。HAMは、進行性の脊髄障害を特徴とする疾病で、有効な治療法がなく患者の生活の質も大きく損なわれるため、アンメットニーズの高い、極めて深刻な難治性希少疾患である。このためHAMは国の難病に認定されており、病態の本質に作用して疾患の進行を抑制する画期的な新薬の開発が切望されている。HAM患者は世界中に存在するが、患者が多いのはカリブ海沿岸、南米、アフリカなどの発展途上国で、医薬品開発が盛んな先進諸国で患者が多いのは日本のみであることから、HAMの新薬開発における日本の役割は重要で、日本での研究進展に対する期待は大きい。
これまでの研究により、HAMの主な病態は、HTLV-1感染細胞が引き金となって脊髄に慢性炎症が成立し、神経組織の不可逆的な損傷が引き起こされることによって起こるものと考えられている。そのためHAMの新薬開発は、HTLV-1感染細胞や炎症の抑制を目指して進められてきた。近年我々は、HAMの分子病態研究を進展させ、HAMにおいてHTLV-1がケモカイン受容体CCR4陽性T細胞に主に感染しており、その細胞にTh1様の機能異常を起こすことが病態形成に重要であることが示した。また、HAMの脊髄病巣の形成・維持に、Th1様感染T細胞とアストロサイトとのクロストークによる炎症のポジティブフィードバックループの形成が重要であることが明らかとした。さらに、ヒト化抗CCR4抗体がHAM患者由来細胞に対して抗感染細胞活性・抗炎症活性を示すことを証明し、医師主導治験を実施するまでに発展している。今回は、HAMの分子レベルでの病態解明に関連する基礎研究やバイオマーカー研究の成果を踏まえた、新薬開発の現状や今後の展望について概説したい。
3.一般社団法人「臨床試験医師養成協議会」の活動と日本臨床薬理学会との連携
小林 真一(昭和大学 臨床薬理研究所)
臨床試験医師養成協議会(PECJCT)は平成22年「わが国の専門医たる者は臨床試験の基礎知識を有しているべき」との理念のもと任意団体(協議会代表:高久史麿氏)として発足いたしました。その後、医学会加盟の臨床系学会にアンケート調査をした結果、本分野の教育はほぼ全ての学会で必要と回答され、また「専門医取得時」「更新時」等に実施することが良いとの回答を得ました。その結果を踏まえ、平成27年7月に法人化し、一般社団法人臨床試験医師養成協議会(理事長:高久史麿氏)が発足し、日本専門医機構の基本領域学会に本協議会へのご賛同をお願いしたところ、ほぼ全ての18学会より学会推薦の理事を出して頂いております。今後は日本専門医機構との連携も視野に入れて活動するつもりでおります。本協議会は当然のことながら日本臨床薬理学会のご支援により活動を行ってきておりますが、これまでは日本医師会との連携、支援により、全国の県単位の医師会で研修講演会(沖縄、大分、岡山、静岡等)を行っており、開業医の方々を対象とした研修会も実施しています。さらに、学会との連携では日本プライマリケア連合学会の年会、また研修会等においてもワークショップなどでの教育研修をおこなってきました。また、前協議会のときに日本臨床薬理学会関係の多くの先生のご協力により「クリニカルクエスチョンにこたえる!臨床試験ベーシックナビ」(医学書院)を出版し、実際の臨床試験を計画するときの参考となるテキストを作成しました。
今後は日本専門医機構各学会と連携により、各学会における本分野の教育研修等々に協力し、「わが国の専門医たる者は臨床試験の基礎知識は有している」の理念を実践するつもりです。そのためには今後、教育研修会等における日本臨床薬理学会の強力なご支援が必須であり、ここにご理解をお願いする次第です。
一般演題(口演)1. 10:20-12:05 2. 13:30-15:00
一般演題1
座長: 飯利 太朗(聖マリアンナ医科大学 薬理学講座)
小川 竜一(明治薬科大学 薬物治療学)
一般演題1
一般演題2
座長:下田
和孝(獨協医科大学
精神神経医学)
荒川 義弘(筑波大学つくば臨床医学研究開発機構)
一般演題2
閉会の挨拶 15:50-16:00