患者の皆さまへ

水頭症

特発性正常圧水頭症(iNPH)について

特発性正常圧水頭症(iNPH)は歩行障害、認知症、尿失禁の三つが主症状(三徴候)となり、高齢者に多く発症する病気です。高齢化が急速に進む日本において注目されています。iNPHに罹患すると、歩くことが困難になる、物忘れの症状などがひどく、トイレが上手くいかないなど、生活の質(QOL:クォリティー・オブ・ライフ)が損なわれます。そのため、これらの症状に悩む患者さんに適切なiNPHの診断と治療を行うことは、より良い生活を得るために大変重要です。

 

以下にiNPHの特徴的な症状、画像を含めた診断方法と治療方法について概説いたします。

症状

歩行障害iNPHの初発症状であることが多く、「歩幅の減少」、「足の挙上低下」、「歩幅の拡大」が特徴です。ゆっくりした歩行で、特に起立時や方向転換時に不安定となります。症状が進行すると立位や座位の保持が困難になります。

 

認知症の初期の段階では物忘れ、次いで自発性の低下や無関心(元気がなくなる)、日常動作の緩慢化(もたもたして、手際が悪い)がみられ、さらに進行すると無言無動(しゃべらなく、動かない)になります。アルツハイマー型認知症に比べ、記憶障害が軽いのが特徴です。

 

尿失禁は、三徴候のなかで最も遅く出現するとされ、頻回の尿意を呈する「頻尿」やトイレに間に合わない「切迫性尿失禁」を認めます。

また、3徴候以外に呼びかけによる反応が遅くなる、ボーっとしている、意欲の低下、うつ状態、人格の変化(怒りっぽい)、頭痛、めまい、ふらつきなどの症状がでる場合もあります。

 

これらの症状の原因は、脳脊髄液の循環動態が何らかの理由で障害され、頭蓋内に脳脊髄液が徐々に貯留し脳実質を圧迫し、脳の血液循環障害が起きることによると考えられています。原因については、完全には解明されておらず、現在も研究の途にあります。

 

このiNPHの画像診断上の特徴として、脳室(脳脊髄液が溜まる場所)の拡大所見がありますが、単純にそれだけではiNPHとはいえません。類似した所見が、認知症患者などにも認められるからです。専門家による診察、診断がすすめられます。

 

具体的な画像の特徴の一つは頭部画像診断上に認められる「脳室拡大所見」です。

脳室拡大所見はiNPH診療ガイドライン上、下記図に示す両側側脳室前角間最大幅/その部位における頭蓋内腔幅の比が0.3以上(Evans index > 0.3)とされます。

また最近ではそれに加え、高位円蓋部脳溝の狭小、シルビウス裂の拡大を加えた所見をDESHdisproportionately enlarged subarachnoid-space hydrocephalus)と定め、この所見が存在する有症状患者における治療奏功率は8割程と考えられています。

一方でこの画像を呈しない場合も2割程度あります。

よって診断は原則、画像のみで行わず、脳脊髄液排除テストを行い判断します。

 

iNPH specific radiological feature :

                   Ventriculomegaly

                   Tight high-convexity and medial subarachnoid space

                   Expanded sylvian fissure

Hashimoto M et. al. Cerebrospinal Fluid Res. 2010 7:18.

Diagnosis of idiopathic normal pressure hydrocephalus is supported by MRI-based scheme: a prospective cohort study.

 

脳脊髄液排除テスト(CSFタップテスト)

局所麻酔下にて腰椎穿刺を行い、脳脊髄圧の評価を行うと共に、脳脊髄液を30-50ml単回で排液します。この脳脊髄液排除テストを行う前と行った後の比較により「歩行」「認知症状」などの症状に改善が認められるかを評価します。

症状の改善は翌日から2日目に改善する場合が多いと報告されていますが、7日目のデータがより改善を示す場合もあります。正確で客観的な評価を行うため、2-3日の入院による検査をおすすめしています。また結果を総合的に判断し、治療の利点や欠点についての見解をお伝えした上で、治療の適応を決定します。

 

治療

iNPHの治療では、髄液の流れを良くする「脳脊髄液シャント術」と呼ばれる手術を行います。これは、流れの悪くなった髄液通路の替わりにカテーテル(管)を体内に埋め込み、そこから脳脊髄腔内で過剰となった脳脊髄液を排除することで脳への圧迫を解放し、脳循環や脳機能の改善を施す治療法です。

脳脊髄液シャント術の方法には、(1)脳室-腹腔シャント、(2)脳室-心房シャント、(3)腰椎-腹腔シャント(図参照)があり、わが国においては、頭蓋骨に小さな穴をあけ、脳室から腹腔までカテーテルを挿入する「脳室-腹腔シャント」と腰椎から腹腔までカテーテルを挿入する「腰椎―腹腔シャント術」が多く行われています。いずれの手術も脳神経外科の手術としては比較的短時間で行われる手術です。手術時間の目安は1時間程度ですが、全身麻酔、手術体位の調整と消毒など合わせ出棟から帰室までの目安は2 - 2.5時間程度となります。ただし、シャント手術が有効な患者さんであっても、発病から長期間経過してしまうと、シャントの治療効果を得るのが難しくなります。症状の改善を得るためには、ある一定量の脳脊髄液を排出させる必要がありますが、脳脊髄液の排出が過剰になると硬膜下水腫や血腫が発生する可能性があります。このような合併症を防ぐため、体表面から脳脊髄液流量を調整できる圧可変式バルブを埋め込みます。場合により積極的に脳脊髄液の過剰排泄を防止する抗サイフォン機構付きのバルブを用いることもあります。

 

合併症

脳脊髄液シャント手術の合併症には、手術に関連して起こるものと時間が経ってから発生するものがあります。

手術創部の感染や髄膜炎は手術に伴って起きる可能性のあるものです。術中、術後に適切な抗生剤を使用しますが、中にはシャントシステムの抜去を余儀なくされることもあります。

術後の最も重大な合併症は硬膜下血腫です。脳脊髄液シャントにより過剰に脳脊髄液が排出された場合に、脳を包む硬膜とくも膜の間に出血する合併症です。圧可変式バルブを高圧方向に圧変換することにより治癒する場合もありますが、手術により血腫を取り除くこともあります。転倒などによる頭部打撲の際には、出血を起こす場合もあり注意が必要です。

またシャントシステムが閉塞して、一旦よくなった症状が再び悪化する「シャント機能不全」が起きることがあります。これは術後数週間から数年の間に生じる可能性があります。シャント閉塞の可能性は約5%とされ、症状が再度悪化したら、シャント閉塞を疑い検査をします。場合によりシャントシステムの入れ替えが必要になります。

 

予後

適切な手術適応により、iNPH8090%以上の患者さんで、術後になんらかの症状改善がみられます。

髄液シャント術による3大症状の改善率は、歩行障害が9割、認知症と尿失禁が5割と、高い効果がみられます。とくに、歩行障害では劇的な改善を示す例が少なくありません。このような治療により、高齢者のQOLが大幅に改善されるだけでなく、家族の介護の負担を軽減するメリットがあります。

 

一方で前述のような合併症の可能性がありますので、症状の再発や変化が認められた場合には早めにご相談いただくようお願いいたします。

手術後には使用しているシャントシステムの情報について記載した手帳をお渡しいたします。必要に応じて頭部CTやレントゲン写真を用いた検診を外来で行います。また圧可変式バルブを埋め込んだ場合、MRIの検査を行った際に圧の変更が生ずる可能性があります。この場合、MRI検査後にシャント圧の確認を行う必要があります。体外よりシャントの圧設定を変更することができますので、あらかじめ検査前に脳神経外科医に相談するようお願いいたします。